唐桑御殿つなかん

ありのまま記

真冬のパクチーのように


真冬のパクチーのようにになりたい。
季節はずれのパクチー。
寒さに弱いはずだけれど、育つ。
こうやって、冬を越えて。また、来年も芽がでる。

種から発芽させたパクチーに比べると、越冬したパクチーは、茎がかたく、渋みも、つよい。

見た目は同じパクチーでも、個性は違う。
寒さに弱いはずだけれど、育つ。少しづつでも、変化をして、環境に合わせられるものは、生き残れる。
「えー、俺、寒いの無理だよ、変わりたくないよ」というものは、生き残れない。

パクチーは、環境の変化に合わせられる種類なのかもしれない。

僕は考えを変えること、環境の変化に合わせることが、苦手だ。
それでも、冬のパクチーを見ていたら、このような強さがあることは、かっこいいなと思えた。

人に教えられることもあるし、言葉はなくても、自然から学ぶこともある。子どものころ、海しかないような場所で育って。
「大きい本屋さんとか、図書館とかあればいいのに!」と思ってた時期もある。

だから、田舎最高!やっぱり自然のそばが一番だよね!とは思わない。
どっちがいいと言う、どっちでもいいというのが、素直な感想だろうか。

どっちにも家がある人もいるし、気仙沼でしかできない加工品を作って、東京で売る。

自然の恵みを、都市に届ける。田舎はそういう役割なんだろうと思う。

トマトと玉ねぎのみそ汁にパクチーいれたら、それだけでトムヤムクンの味がした。幸せ。

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